あまり口を開くと、煙草臭い煙が口から、身体の中に入るから......
だから僕はこの時、無言で、視線で、その彼の言葉を肯定した。
あの彼女の唇を奪った行為は、同時に彼女から、異人としてこの世を全うする生き方を、彼女の生き様を、奪ったことになるのだ。
そしてそれと同じくらいの強さで、僕は彼女に、生きることを強いたのである。
その結果、今の彼女の状態は、およそ全体の五分の一が異人で、残りの五分の四が人間という、今までよりもさらに不安定な状態となってしまったらしい。
一体何を指しての『全体』なのかは、知る由もないけれど......
相模さん曰く、『ほとんどは人間の異人』という存在だそうだ。
「まったく......拷問だよね......」
そう言って静かに笑う相模さんの横で、僕はまたなんともいえない、バツの悪い感情になってしまう。
そしてそんな風に黙り込んでいると相模さんは、どこからともなく拳銃を取り出して、その銃口を僕の額に向けて......
そして何の躊躇もなく、引き金を引いたのだ。
二人しか居ない喫煙所の中には、煙草臭い臭いと、血生臭い僕の臭いが合わさって、最悪の悪臭が完成する。
ヤニで汚れた黄色い壁に、僕の鮮血が飛び散る。
しかし次第に、額を撃たれたことで飛び散った僕の血は、ただ色を薄くして、まるでマジックインクの様な消え方をして、臭いも残らない。
そしてそれと同じくらいの速さで、僕の撃たれた額も、傷口が塞がるように、治るような形で再生するのだ。
「ほんとうに不思議だよね......」
「......」
「吸血鬼の様な、高い身体能力があるわけでもなければ、太陽だったりする弱点らしい様なモノもありはしない。外見は本当に、ただの普通の人間......なのに......」
死なない。
何をされても、何をしても、僕は死なない身体に、なってしまったのだ。
「まぁ、琴音ちゃんの方の五分の四が人間だとすれば、君の中の五分の四は異人なのだろうけれど......それでも、ただ不死身なだけの異人というのは、今までに全く前例がないんだよね......」
そう言って、吸い終わったのであろうか、二本目の煙草の火を消して捨てて、そして僕の血がなくなったことを確認して、僕等二人は扉を開けて、外に出た。
外は晴れ晴れとした、快晴で、しかしながらやはりその天気を、僕は気持ち悪いと思ってしまう。
けれどそう思うのは、きっと僕が、もう明らかに普通の人間では無いからだろう。
そう思って空を見上げていると、隣に居た相模さんが、僕に声を掛ける。
「それじゃあ、今日はもう帰るよ。君の状態、とりあえず現状はそれなりに把握出来たし、これからも管理するつもりだから......まぁ、今後ともよろしくね、 荒木 誠 君」
そう言いながら、去ろうとする相模さんの姿を見て、僕はついとっさに、彼に尋ねてしまう。
「あ、あの......」
「ん......?」
「そういえば訊きたかったんですけれど......どうして僕が、琴音さんを死なせない為に動いてることを、あなたは知っていたんですか......?」
そう僕が言うと、彼は不敵に笑って言い返す。
「......そんなの、
管理してれば分かるよ。僕等専門家は、そういう人間だからね......あぁ、そういえば言い忘れていたけれど......」
「はい......?」
「琴音ちゃんが君と通り魔にしたことは、本来は人間と異人との関係性を著しく害した行為だから、御法度のペナルティを受けてもらうつもりだったんだ。けれどもう、そんなのは必要ないくらいに、彼女は罰を受けた」
「罰......ですか......?」
「言っただろ、拷問だよねって......」
「あっ......」
「吸血鬼の異人としてしか生きてこなかった彼女にとって、これから先の、『異人とは違う生き方で生きる』というのは、拷問以外の何物でもないよ」
その言葉に、僕は少しだけ怖くなって、少し前を行っていた相模さんを追いかけて、さらに訊いてしまう。
「僕はこれから、どういう風に、琴音さんに接すればいいんですかね......」
そう言うと、相模さんは吹き出すように笑う。
「フハハッ......あーごめんごめん、まさかそんな、中学生みたいなことを僕に訊くとはね......」
「いや......だって......」
「あぁ悪い悪い......そうだなぁ、とりあえずは......」
そう言いながら、相変わらずこの人は、からかう様な声色で、歩きながら、僕に話を続けたのだ。
その後、僕はその足で、彼女がアルバイトを始めたコンビニに足を運ぶ。
大学からほど近い、『目の前』と表現するのが妥当なくらいの立地で存在するこのコンビニは、朝から夜まで休みなく、閉店することなく、二十四時間営業し続けているようだった。
まぁ、こんな目の前に大学があるのなら、昼も夜も、それこそ丑三つ時の様な夜中も、学生をはじめとする多くの人が利用するのだろう。
そんな誰もが利用するコンビニで、彼女は今働いている。
血液以外のモノを、昔よりは幾分、美味しく食べられるようになったから、とりあえずは働いて、お金を稼いで、何か美味しいモノを食べようと、そういうことらしい。
普通自分が今までとは違う存在になったら、自分が望まない形で生きていたら、もう少し戸惑って、何も出来なくなるようなモノだけれど、そうはならずに、「じゃあとりあえず働くかって」なるのは、なんだか変態的な気もするけれど、ある意味彼女の長所なのだろう。
けれどそれでも......
当たり前だけれど、僕のことは許さないと、そう言われた。
まぁ、それくらいのことは覚悟した上で、僕は彼女にあぁいうことをしたのだから、仕方ない。
「いらっしゃいませー」
そう言いながら、彼女は僕が来たことを確認すると、少しだけ嫌そうな顔をしながら、レジで仕事をする。
そんな彼女のもとに、僕はサンドイッチを二個とペットボトルの飲み物を二本、持って行った。
持って行くと、接客をしているとは思えないような声と表情で、僕に言う。
「何しに来たんだよ......」
そんな風に言われたので、僕も同じように、言葉を返す。
「買い物だよ......ここはコンビニなんだから、当たり前だろ......」
「あぁ、それもそうだね......」
そう言いながらレジを打って、値段が表示される。
四点で大体八百円程だ。
「有り金全部置いて行け」
「随分と斬新だな、まぁ今はそんなに手持ちがないから、ほとんど有り金全部だけどさ......」
「おつりは?」
「いるよ」
「いるの?」
「いるよ!」
そう僕が言うと彼女は、渋々二百円程のおつりを手渡す。
そして渡しながら、小声で彼女は言う。
「あと十分ほどで終わりだから、店の前で待ってて......」
バイトを終えて外に出ると、彼女は何時ぞやの白い大きめのパーカーを、ワンピースのように着て現れた。
あの綺麗な深紅色の髪は、今では色が抜けた様な、しかしながらそれでも、煌びやかな金髪だ。
よくバイト先で許可を貰えたモノだと、思ってしまう。
おそらく何かの力が働いたのだろう。
「それで、私に何の用......?」
「えっ?」
「何か用があったから、来たんでしょ。じゃなきゃ、わざわざ誠がバイト先に来るなんてあり得ないじゃん」
「ハハッ......とんだ言われようだな......」
しかしまぁその通りだから、あまり言い返せない。
別に恋人でもない女の子のバイト先に......っというか恋人だとしても、わざわざバイト中の所に赴いたりはしないだろう。
そう思いながら、僕は相模さんに、最後に言われたことを、とりあえず彼女と歩きながら、伝えたのだ。
伝えたことは、シンプルだったと思う。
本来彼女が、専門家から受けるはずだったペナルティがなくなったことと、その理由、それと......
「その......ごめん......なさい......」
「何が......?」
「僕は君の気持ちを無視して、君に生きることを無理矢理強いた。それは多分、本来君が受けるべきだったペナルティよりも大きな罰になるって......まるで拷問だよねって......相模さんに言われたんだ......」
「......言われてから気付いたの?」
「うん......」
「じゃあ、もうしばらくは許さない......」
そう言った後に彼女は、静かな瞳で、僕のことをジッと見つめる。
そこに言葉はまるではなく、しかしながら睨みつける様なそれでもなく、ただ静かに、僕に対して視線を送る彼女を見て、『目は口ほどに物を言う』なんて言葉があるけれど、本当にその通りなんだと、そう思った。
そして僕は、そんな彼女の瞳に対して納得して、しかしそれでもやはり、こういう風に、言葉にするしかなかったのだ。
「うん、そうだよね......でも......ごめん......」
「......」
そこから僕と彼女は、無言になった。
もう何も話すことがないと、たぶん僕だけでなく彼女も、そう思ったからだ。
最後の最後に、相模さんが教えてくれた情報も、多分今言ったとしても意味がない。
彼女が殺した通り魔が、小学生までも手に掛けていたクズだったと......
異人の様に人間から逸脱した存在でなくとも、ほんとうに悪い、言ってしまえばこの世から居なくなってしまった方が良い様な、そんな人間だったと......
そんなことを教えたとしても、もう意味なんてないのだ。
「じゃあ私、こっちだから......」
「あぁ、うん......」
そう僕が言うと、彼女は「じゃあね」と言って、僕とは反対の方向へ歩き出す。
しかし歩き出す彼女を見て、僕は思い出した。
あぁ、そうだ......
そういえば相模さんは、僕が彼女とどう接するべきかを尋ねたとき、「とりあえず」って、こんなことを言っていたな......
そんなことを思い出して、僕は彼女のことを、大きな声で呼び止める。
「琴音!!」
そう言うと、彼女は驚いた様な顔をして、こちらを振り返る。
そしてその表情に向けて、僕はまた大きな声で言う。
「またな!!」
そう言うと、彼女は少し笑って、小さく手を振って、こう答えた。
「うん......またね」
その時の彼女の表情には、ほんの少しだけだけれど、人の様な温かみを、たしかに感じることができた様な、そんな気がしたのだ。
二章结束